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ミタブログ

鑑賞、読書、たまに観劇

0006 映画「溺れるナイフ」を見た人と共有したい感想。なめらかな場面転換で描く"大人から見た"青春群像

映画が好きな作文です。

溺れるナイフ」を見てきました。

まずは予告編をどうぞ。

 ▼概要はこちら(YouTube予告動画の説明文より)。

破裂しそうな恋と衝撃を描いた伝説的少女コミック奇跡の映画化!

15歳の夏。東京から遠く離れた浮雲町に越してきた、人気モデルの望月夏芽(小松菜奈)。退屈でウンザリするようなこの町で、夏芽は体を貫くような“閃光”と出会ってしまう。それは、コウと呼ばれる少年・長谷川航一朗(菅田将暉)だった。傲慢なほどに激しく自由なコウに、反発しながらも、どうしようもなく惹かれてゆく夏芽。コウもまた、夏芽の美しさに対等な力を感じ、やがてふたりは付き合いはじめる。「一緒にいれば無敵!」という予感に満たされるふたり。しかし浮雲の夏祭りの夜、全てを変える事件が起きるのだった―。失われた全能感、途切れてしまった絆。傷ついたふたりは、再び輝きを取り戻すことができるのか。未来への一歩を踏み出すために、いま、ふたりがくだす決断とは―。

11/5(土)TOHOシネマズ 渋谷他 全国ロードショー
公式サイト:http://gaga.ne.jp/oboreruknife

©ジョージ朝倉/講談社 ©2016「溺れるナイフ」製作委員会

別冊マーガレットで連載された漫画の実写化。本作が商業デビュー作の山戸結希監督は若干26歳。インディーズ時代から映画ファンの高評価を得ているそうです。詳しくはこちらをどうぞ。

シネマの週末・この1本 溺れるナイフ 揺れ動く10代の心情(毎日新聞)

 

TOHOシネマズ新宿で見てきました。

公開後、二週間は経っていましたが平日でもソールドアウト。一つ前の16時台の回も満席だったので、若者から支持されているのかもしれません。

わたしは左後方の座席を購入しました。

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TOHOシネマズ新宿といえば、今は「シン・ゴジラ」推し。ゴジラロードを通って、あの高いビルに入っていきました。当日はあいにくの雨で傘を持参。映画館に傘を持っていくのって本当はすごく嫌いなんです。置き場所に困りませんか? でもTOHOシネマズ新宿には前席の背面に傘差しがついているので、足元に寝かせたり、飲み物置きに引っ掛けたりせずに済みます。わたし的に座り心地は映画館で一番重要なので、TOHOシネマズ新宿の座席はとっても好きです。背もたれも気持ち広めですし、足を組んでも窮屈じゃありません。建物だけでなく、一人単位のスペースが大きいので、本当の意味で広い上映室を持っています。都内屈指と讃えても過言ではありません。

わたしが当日座った場所は一列4名掛けで、全部埋まっていたのですが、なぜか2席来なかったため、はたから見たら1組の友達に見えるように知らない人と並んで座ることになりました。ズレようかと思いましたが、途中で入ってきて右往左往するのも困るため余計なことはしないでおきました。

上映中、後半ぐらいに1名おじさんがその空いた席に座ってきて「このタイミングから見るの??」と思ったけれど、すぐに別の席に移動していくのを見て、少し怖かったです。映画館は他の人とも一緒に見る空間なので、物音やしぐさには寛容でいるように心がけていますし、スマホの明かりやひそひそ話の声もむしろウェルカムなので、そんな「人の気配」に優しい気持ちを持つことぐらい映画好きなら当然だと思っているのですが、映画が盛り上がってきてからの座席替え(しかも室内のベストポジション探し)はやめてほしかったです……。


さて、映画「溺れるナイフ」ですが、思春期の体感速度がそのまま映像化されている作品でした。本作では小松菜奈さん演じる芸能人・望月夏芽が田舎で過ごす中高時代の数年を切り取って、少女が大人になる過程が描かれています。

序盤は菅田将暉さん演じる神主一族の跡取り息子・長谷川航一朗(コウ)との幻想的な出会いに始まる夏芽の恋にフォーカス、中盤からある事件を境目に変化する夏芽の心理描写にピントが合い、終盤はその事件を夏芽が克服する様子を描いて夏芽が大人になっていく、という構成になっていました。また本作の特徴は何と言っても主演の二人の美しさ。あまりの美しさに食い入るように見入っていたら作品が終わったという人も多かったのではないでしょうか。

かくいうわたしは、やっぱり菅田将暉さんの演技に「主演男優賞かも」と見惚れつつも、現実と虚構が織り成す青春群像を描き切った場面転換のなめらかさに「この編集凄まじい」と舌を巻いていました。山戸監督作品を初めて鑑賞したのですが、(26歳なのに)あどけなさを微塵も感じさせない強者ですね。どれくらいの映像体験があるのか知りたいです。

話を戻しますが、あくまでも人はストーリーを見にきているわけではなく、それ以上に感動的なことを求めている、というのは映画をはじめ、物語作品全般に共通する基本的価値観だと思います。映画ですと、演技やセリフ、映像美、場面のつながり、そしてストーリーなど、各要素の集合体が映画ですから、どれか一つで鑑賞者を魅了することもできますし、それが複数になると魅力が増しもします。

また各要素一つをとっても、ギャグっぽいセリフがあれば時に人生訓のようなセリフがあったりと、バリエーションは豊富です。ある意味、多くの異質なものが調和して一つの集合体になり、それを鑑賞者が自然に受け止められるようになっている作品ほど名作と言えるのかもしれません。

そんな意味で「溺れるナイフ」は多様な表現を一つに調和させることに限りなく成功している作品でした。特に場面転換はテンポよく、一般的な映画の2、3倍は切り替わっていたような体感が残っています。それは場所や時間の切り替えに加えて、夏芽の意識の切り替えも映像として表現されていたから。わかりやすいものでいうと、ミュージックビデオのように登場人物が鑑賞席のほうを向いて映されているシーンがあったりしました。

その意識というのは視点、受け取り方、見える景色などと類語に当たるような意味での意識の表現です。思春期の恋により憧れを持った異性のことを等身大以上に輝かせるのは恋した本人の胸の内に光が灯っているからだと、大人になると気づくもの。その大人の視点で夏芽の青春群像が描かれているため、映像表現として、ある種、客体化して恋する意識を描写できているのだと思いました。

かつ、この監督がすごいのは、場面切り替えを使わない長回しのシーンでも意識の変化を描けていること。恋心を持つ本人の目には、恋人のいる世界が幻想的に写ってしまうこともあるというのが人のリアリティ(例えば自分の記憶を美化する、という現実)。そんなリアルは例えば相手がオナラをしたら急に冷めてしまうような脆さも合わせ持っています。そういう現実のファンタジックな一面とシビアな一面を演者ではなく映像で表現してしまえている作品でした。こんな邦画をわたしはこれまで見たことがありません。

そんな凄腕を持つ監督だからこそ、「ここぞ!」というところでは意識の切り替えが行われていることを露骨に表現して、「これを伝えたいんだよ!」というのがハッキリわかるようになっていました。夏芽が小屋で寝ている、あのクライマックスシーンがまさにそれです。あそこ、場面の切り替えがカクカクするので少し鑑賞する側が物語を追う力を要するのですが、わたしは「どういうこと? え? え? えー? えーーー?!」と入れる力を増やすのに比例してのめり込みました。それは菅田将暉さんが舞う美しさと相乗効果があってのことだとも思っています。

この作品、1,800円支払ってでも一見の価値アリです。わたしのように原作を知らない人は「ただの恋愛青春ドラマ」だと思ってスルーしてしまうかもしれないのですが、そういうものではないので、映画ファンはぜひ劇場へ!

追伸

ほんと菅田将暉さんの演技が抜群でした。またジャニーズWEST重岡大毅さんは大友勝利を演じながら本気で噛んでいましたがバッティングセンターのシーンとか夏芽の部屋のシーンとか微笑ましかったし、松永カナを演じた上白石萌音さんはもう今更言う必要がないほど完璧な演技でした。若手女優さんで一番好きです。そんな意味で、今の映画界の旬な若手を一気に全部鑑賞できるお得さもあります。(完)


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